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第87回 混乱の中から次の主役が台頭する

2009年2月23日

石油ショック後は、本当に大変だった

世界的な金融危機と景気後退が深刻の度を増しているということだが、われわれの毎日の生活になにか大きな変化が生じているだろうか?

たしかに一部で、派遣社員の方々が契約を打ち切られたりの雇用問題が発生している。しかし、日本全体でみても失業率は4%台後半に上がっただけである。米国の7%台、EU諸国の9~14%と比べても、それほど驚く水準ではない。

生活コストの面でも、昨年7月までは原油価格は1バレル147ドルにまで急騰し、国内のガソリン価格は1リットル180円を窺う勢いにあった。ところが、半年後には原油の国際価格は40ドルを割り込み、国内のガソリン価格も105円~107円と、元の水準に戻ってしまった。他の価格動向も似たりよったりで、往って来いの状況にある。

それだけ需要の落ち込みが厳しい? たしかに、たしかに。マスコミが金融不安や派遣切りや景気後退をこれでもかこれでもかと報道するから、ムダな出費を控えようとする生活防衛心理が働くのは避けられない。それが、一層の消費不振と企業活動低下を招く悪循環となっている。

そうはいうものの、われわれは毎日毎日飲んだり食ったり着たりしている。生活物資の生産と供給は一時たりとも途切れることはない。もし途切れたら、それこそマスコミが先頭に立って大騒ぎするだろう。雇用不安や消費不振はどこか他人事に聞こえるが、生活物資が足らないとなれば自分の身近に迫った問題。みな大慌てとなる。

つまり、消費意欲減退で物が売れないから企業が生産調整や在庫圧縮・人員削減に走るという図式は一時的なもの?おそらく、心理的な要因も大きいのだろう。そのうちに、まったく違った展開となる可能性も考えておいた方がよい。たとえば、一部でモノ不足を騒ぎ出した瞬間、もう生産調整どころではなくなる。大変だ大変だと騒ぐだけで、生活者レベルではそれほど酷い状態に陥ったわけではないのだから。

世界は30年前に、いまとは比較にならないほど酷い体験をしている。第一次そして第二次石油ショックを通して、原油価格は10倍になった。戦後ずっと1バレル3ドルで安定していた原油価格が、73年11月には10ドルに、そして80年代に入ってからは30ドルになってしまったのだ。

エネルギーコストが10倍にもなれば、これは大変な事態。人々の生活基盤はガタガタになる。二度の石油ショックが世界経済にもたらした影響はすさまじく大きかった。

当時、世界的なディスインフレをいわれたが

70年代前半に世界を襲った強烈なインフレは各国の生活者に、破壊的な混乱をもたらした。といっても、それぞれの国で異なった形の「大変だ」に喘ぐことになった。

当時、40億人の世界人口のうち7億人ほどが西側先進国に属し、高度な生活水準を享受していた。物質的に恵まれていたとはいうものの、インフレで物価がどんどん上がっていった。急激な物価上昇で収入が追いつかないと慌て出したところで、第一次石油ショックが発生したわけだ。

西側先進諸国の人々は豊かな生活を享受しつつも物価高に悩んでいたところへ、突如として原油価格3倍増というパンチを食らったのだ。消費需要は一挙に激減した。その直前までインフレが進行していたことの反動でディスインフレと呼ばれたが、先進諸国の購買力低下は眼を覆うありさまとなった。

唯一の例外は日本で、2年ほどで経済回復を遂げてしまった。新興工業国として台頭著しかった日本は石油依存度が高く、最も大きな影響を蒙ると危惧された。事実、すさまじい物価上昇と輸出減で国内経済はズタズタになった。しかし、官民あげての懸命の努力で、2度の石油ショックを驚くほどの短期間で乗り切ってしまったのだ。

それ以外の国々は産油国を除いて、エネルギーコスト急騰と世界の富が産油国に集中する流れについていけず、長いこと景気低迷に苦しむことになった。いまを時めくブラジルも、当時は貿易赤字著増と高インフレに悩む非産油途上国の代表的存在だった。ずいぶん苦しんだけれど、その挙げ句に広大な土地を利用したエタノール燃料の実用化で世界の先べんを切ることになった。

ひどい経済環境のなかに新しい力の萌芽

前回も書いたが、米国経済が景気の立ち直りを公式に認めたのは1992年8月のことである。そこまでずっと低迷が続いたわけだ。

とりわけ、1978年から1984年にかけての6年間は最悪だった。底なし沼の景気落ち込みをテコ入れするため財政赤字はどんどん膨れ上がっていき、国債の大量発行から市場金利は長期債で一時16%に、短期債は19%に跳ね上がった。一方、原油輸入代金が嵩み貿易赤字も雪ダルマ式に積みあがっていった。いわゆる双子の赤字で、米国は塗炭の苦しみにもがき苦しんだ。

失業率は異常なほど高く、お金もなく食うものにも事欠く人々が街にあふれた。商店街の叩き壊しは日常茶飯事で、食品などの略奪はあちこちで頻発していた。犯罪はうなぎ登りに増加し、ニューヨーク市では地下鉄に乗ることすら怖かった。教育水準の低下も社会問題視された。

そういった米国の経済のみならず社会的大混乱のなかで、後の世界企業が次々と産声をあげていったのだ。いくつか列挙してみよう。

表 世界的IT企業の設立(年)および株式公開(年)

企業名 設立 (年) 株式公開 (年)
マイクロソフト 1975 1986
アップルコンピュータ 1977 1980
オラクル 1977 1986
サンマイクロシステムズ 1982 1986
デル 1984 1988
シスコシステムズ 1984 1990

いずれの会社も、米国経済大混乱の嵐をものともせずに事業を立ち上げ、世界のIT化の流れを主導していった。

第二次世界大戦後は世界への工業製品供給を一手に引き受けた米国の産業界全般が、西ドイツなど欧州の復活や日本の台頭によって地盤沈下をきたしていたのが1970年代。そこで救世主のように登場してきた新産業のひとつがIT関連ビジネスである。

いま、米国やEU諸国の景気テコ入れ策をみるに、オバマ大統領のグリーンニューディール政策ではないが、自然エネルギーの活用とか環境重視の姿勢がはっきり打ち出されている。世界人口67億人が毎年1億人以上ずつ増加していっている横で、地球資源の急速な枯渇化は容易に想像できる。それを座視していては人類の将来はない。つまり、とんでもないビジネスチャンスが横たわっているのだ。

たとえば、代替エネルギーの分野で10年20年後には世界的な巨大企業が生まれている可能性は高い。なにしろ、いずれ石油や天然ガスの地下埋蔵量は底を打つといわれている。200年はもつといわれる石炭だって、燃料として燃やしてしまうより工業原材料として長く大切に活用する方がよほど賢明である。

そういった地球規模ニーズの高まりを想定するに、そのニーズに応えていくであろう企業群を調査発掘して、いまの株安下で目一杯拾っておくのはまさしく長期投資の醍醐味である。

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