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第75回 進取の精神あるのみ

2008年2月15日

サブプライム問題の先をみよう

世界の金融機関が巨額の評価損を抱えたり損失処理に追い込まれていると、連日のように報道される。また、米国の消費が鈍化し世界の景気にもマイナスといった専門家コメントが相次いでいる。その都度、各国株式市場は大幅下げという反応を示す。

まさに、世界中で不安の花が咲き乱れている感がある。こういった時は、投資家心理も疑心暗鬼に取りつかれ、やみくもに安全指向に走りがちとなる。

いつの混乱期でもそうだが、みなが逃げ惑う時をとらえて、攻めの一歩を踏み込んだ者が大きな果実を手にすることになる。世界を揺るがすような大波乱が起こると、それが収まって世の中に落ち着きが戻る頃には、主役の顔ぶれが変わってしまっているのが普通。

たしかに、みなが売り逃げに走る時なら、事業案件にしても投資対象にしても格安で手に入る。問われるのは、価値あるものを取捨選択する選別眼と断固として行動する勇気だけである。

1973年11月に発生した第1次石油ショックの時もそうだった。87年10月のブラックマンデーも、2000年に入ってからのITバブル崩壊や、2001年9月の同時多発テロの時もそうだった。大多数の人々はやみくもに逃げまわったが、その横で静かに買っていた人達が一部にいた。どちらが後で笑ったかは説明するまでもないだろう。

いま、それらに匹敵する混乱の渦中にあるが、不安感から逃れようとしたところで得るものはない。せいぜい価値あるものまでも一緒くたに捨てて、ただ逃げまわるだけのこと。そこを狙いすましたように買い向かった者には、ごきげんの将来が待っている。

長期投資の醍醐味

いまの日本株市場をみていると、1970年代の米国市場の長期低迷ぶりが思いだされる。経済も株価全般もずっと低調だったが、われわれ長期投資家にとってはそれほど苦痛でもなかった。

どんなに厳しい経済環境下でも、自助の精神で地道に経営努力を重ねている企業は結構みつかるもの。そういった腰のすわった企業群を厳選して個別株投資を進めていくだけで、十分に長期運用ができてしまう。70年代を通しての米国株市場低迷でも、長期投資家はそこそこの成績をあげることができた。

それだけでは終らなかった。80年代に入っても米国経済は相変わらず低空飛行を続けたが、民間企業のビジネス活動は徐々に活発化していき、その波が横へ横へと広がっていった。それとともに、株価全般も上昇トレンドに入っていった。

長い低迷の後だったから、ひとたび株式市場に火がつくや買いエネルギーはすさまじい勢いで膨れ上がっていった。気がついたら、NYダウ平均株価は1982年夏から2000年1月まで歴史的な上昇気流に乗って15倍にもなってしまった。

とんでもない上昇相場の到来だった。長期投資家はそのずっと以前から選別買いを続けていたから、平均株価を上回るすごい成績を手にすることができた。まさしく長期投資の醍醐味といえよう。

株価全般の低迷時や暴落相場でも銘柄を厳選した長期投資は強い。いろいろな悪材料に押されて、たまたま株価が下がっているだけのこと。強い経営を貫いている企業がダメになったわけではないのだから、なにも怖れることはない。むしろ、全体の下げに引きづられて安値をつけているいまのうちに、買い増しをしておきたいところ。

経済環境が改善し投資家心理も上向いてくれば、株式市場全体が戻り局面に入っていく。そうなってくると、ずっと買い持ちしていた長期投資家の保有銘柄も時価評価はスウーッと上昇していく。株価が勝手にどんどん上がっていってくれるわけで、なんとも楽なものである。

米国株の復活劇

ちょっと振り返ってみよう。第2次世界大戦で実質的には唯一の戦勝国となった米国は、50年代半ばから60年代にかけてヨーロッパ諸国の復興や日本の再建に多大なる貢献をした。米国各地の工場は世界へ向けて工業製品の供給基地となった。

その流れを象徴するかのように、米国株市場は「黄金の60年代」といわれた繁栄を謳歌した。NYダウ平均株価も、1950年から1966年までで6倍強の上昇をみた。

ところが、60年代半ば頃からヨーロッパ企業の復活や、日本企業の台頭が顕著となってきた。米国企業は戦時中あるいは戦後初期の古い設備を大量に抱えていたのに対し、ヨーロッパや日本の企業は新鋭設備でもって世界市場に雪崩れ込んできたわけだ。米国企業の競争力はみるみる落っこちていった。

企業のビジネス展開力が弱まり業績が低迷すれば、株価もそれを反映して低調な値動きとなっていく。それが、1966年前半から82年夏にかけての、16年間に及ぶ米国株の長期低迷である。NYダウ平均株価はずっと750ドルから1000ドルちょっとの間を往き来するだけだった。その間、第1次石油ショックで73年から74年にかけて577ドルへ急落する場面もあった。

1982年8月には「株式市場の死」とマスコミで取り沙汰されるほどに、投資家全般の心理は冷え込んだ。なんとも皮肉なことに、その報道を機にNY株式市場は急激な上昇トレンドに入っていった。背景には、レーガン政権による大々的な民営化と大幅減税の政策発表があった。それで、民間ビジネスが沸き上がり、株式市場も大歓迎した。

実は、もっと深いところで、長期の株価上昇を下支えする土台が着々と準備されていたのだ。米国の企業を個々にみると、旧式の設備を抱えて生産性に劣っていたところは世界の競争からどんどん脱落していった。その横で、新たに競争条件を整えた企業が徐々に増えてきていたのだ。そのうち脱落組が減っていき、長期投資で買える銘柄が増えてくるにつれ、平均株価そのものも強い上昇トレンドに入っていったというわけ。

おもしろいのは、米国株式市場が先行して立ち直ってから10年ほどは、米国の経済はまだ病み上がり状態にあったこと。

それでも、平均株価は4.4倍にもなった。長い低迷の後でもあり、米国企業間の優勝劣敗・適者生存が進んだこともあり、株式市場全体が上昇トレンドを追いやすくなっていたのだろう。あれよあれよといっている間に、平均株価は3000ドルを越えていった。

「強い米国の復権」といわれるようになったのは、1992年になってからのことである。そこからは、米国経済も株式市場も絵に描いたような上昇をみせて、2000年初めのITバブルの崩壊にまで突き進んでいった。その間、平均株価は3.4倍となり、前半の4.4倍と掛け合わすと、およそ15倍である。

全体の回復をみてからでは遅い

米国の例をみるまでもなく、景気も株価も逆境時からの立ち直りは、決してみな一緒に仲良くではない。まず、少数派が立ち直り、それが徐々に横へ広がっていって、ようやく全体の回復をみる。

それはそうだろう。みな一緒に立ち上がれば、全体の回復など瞬時に達成してしまう。ところが、現実に景気がモタモタし、株価が長期低迷しているのは、行動を起こしている人がまだごく一部の少数派でしかないからだ。

では、より多くの人たちが行動に移るには、どのような条件が必要となるのだろう? やはり、「百聞は一見に如かず」で先行者がいて、先に動いた結果の成功モデルが見えるようになるのが一番。

となると、どうしても自助と進取の精神に富んだ強い企業や個人から順に、立ち上がっていくことが鍵となってくる。誰かが動いてくれるのを待つのではなく、自分からさっさと行動してしまうのだ。

日本企業の多くは経済のグローバル化に直面して、ずいぶんと力強さを増してきた。あとは、1535兆円もの巨額資金を擁する個人マネーの一部でも長期投資に向かうことである。

このふたつが車の両輪となることで、日本経済や社会はいくらでも活性化できるはず。

本資料は情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。本資料の情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本資料の記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本資料の記載内容は、予告なしに変更することがあります。


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